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最高裁判所第一小法廷 昭和54年(オ)434号 判決

上告人

山川太郎

右訴訟代理人

前田進

桑嶋一

被上告人

山川花子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人前田進の上告理由一について

婚姻関係が破綻した場合においても、その破綻につきもつぱら又は主として原因を与えた当事者は、みずから離婚の請求をすることができないものであることは、当裁判所の判例とするところであり(最高裁昭和三六年(オ)第九八五号同三八年一〇月一五日第三小法廷判決・裁判集民事六八号三九三頁)、これと同旨の原審の判断は正当である。論旨は、採用することができない。

同二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(戸田弘 団藤重光 藤崎萬里 本山亨 中村治朗)

上告代理人前田進の上告理由

原判決は民法第七七〇条第一項五号の解釈適用を誤つたものである。

一、原判決は、上告人と被上告人とは昭和四〇年元旦以降現在にいたるまで別居状態にあり、婚姻の実をあげ得る共同生活が右両名間において将来回復できる見込みはうすく、別居の時点で既に深刻なまでに破綻に瀕していたとしながら、破綻を招来した主たる原因は上告人にあるものと認めるのが相当であるとして離婚の請求を棄却した。

しかしながら破綻招来に主たる原因を与えた有責配偶者の離婚請求を認めないとするのは、民法第七七〇条第一項第五号の解釈適用を誤つたものである。

民法第七七〇条は離婚について破綻主義をとつている。特に同条第一項第五号は婚姻を継続し難い重大な事由があるときを広く離婚原因として認め、そこにはスイス民法第一四二条のごとき有責配偶者による離婚請求の排除の規定を設けていない。婚姻は性の結合を基礎とする男女の継続的関係であるから夫婦の相互的な愛情こそが婚姻にとつて唯一の倫理的な基盤であり、愛情を失つた夫婦にはもはや婚姻生活を強制し、いくら法律が離婚を禁じても婚姻の破綻する事実を否定することは出来ないし、破綻してしまつた婚姻の建直しは法律の力ではなし得ず、法による強制は実態のない夫婦生活、形骸化した婚姻の名のみを残すこととなる。

婚姻関係の破綻的事実は、事実先行の身分法において当然評価がなされて然るべきで、身分法関係の発生及び消滅に際して身分的事実のまえに法規がきわめて無力であり、法規のみとめたくない事実でもこれをいつか認めざるを得なくなるのは身分法における特色である。婚姻関係の客観的な破綻がある場合、その事実は、身分法における事実先行の性格から当然に法的評価の対象となり得てしかるべく、事実を権利にまで引き上げることができるものと言うべく、このかぎりにおいて権利の濫用の法理、信義誠実の原則が後退するものである。

上告人は、婚姻生活破綻後生活をともにしている石井泰子との間に三人の子供もあり、被上告人に対する愛情を全く失い、被上告人と婚姻生活を続けることは全く期待できない程度に破綻をしていることを考慮すると上告人が有責配偶者であろうがなかろうが破綻した事実に対して離婚請求を認めねばならないのが同法の法意である。

二、〈省略〉

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